脳出血で倒れて2年…安田大サーカスHIROさん“余命0年”からの生還を語る

 

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【愉快な“病人”たち】

 HIROさん(お笑いトリオ「安田大サーカス」・42歳)= 脳出血

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 左側脳室内出血で倒れたのは2年前の6月16日。

 前日から鈍器でどつかれてるような頭痛があったんです。もともと片頭痛持ちなんですけど、その痛みとは違って泣きそうなぐらい痛い。そのうえ2回嘔吐して、テレビで「頭痛+嘔吐はヤバイ」と見たことがあったので、16日のお昼ごろ、マネジャーに電話してタクシーを呼んでもらいました。

 普段はなかなか電話に出ない忙しいマネジャーやのに、このときはすぐに出てくれて助かりました。もうその頃には頭がボーッとしていたから、すぐにつながっていなかったら、今頃どうなってたかわかりません。

 タクシーで近くの大きめの病院へ行ったら、顔が真っ青やったらしく、すぐに救急車で東京女子医大へ。救急車の中で、僕はマネジャーとかに電話してたらしいんですけど、全然覚えていません。目が覚めたらベッドの上で、「ここどこや?」と思いました。1週間ぐらいは記憶があいまいです。

 目が覚めたら両親が泣いてて、団長(安田)やクロちゃんもいて……。団長は目をこすっていたから泣いてくれてんのやと思っていたら、後で花粉症で目がかゆかっただけと知りました。クロちゃんは時計ばかり気にしてました。パチンコの休憩中やったみたいです(笑い)。

 僕は意識のない間にけっこう暴れていたみたいで、体にロープをかけベッドに縛り付けられていました。閉所恐怖症やから、MRI検査の時も嫌がってすごい暴れて、看護師さん4人で押さえつけたらしいです。

 治療はカテーテル手術と点滴、飲み薬でした。詳しくはわかりませんが、脳のむくみをとったり、血圧や血糖値を下げていたみたいです。6月29日にICUから一般病棟へ移り、7月12日には退院しました。回復は早かったみたいですね。倒れた時は助かる確率20%と言われたのに、一般病棟へ移ったらすぐに点滴スタンドをガラガラ押しながら普通に歩けて、医者に「大丈夫ですか!?」と驚かれましたから。

 血圧はもともと高かったんです。収縮期血圧が150(㎜Hg)、入院時はキリンと同じぐらいの250もありました。糖尿病もあって、HbA1cが9.0%(正常値4.6〜6.2%)と高かった。テレビの健康番組で血液検査を受けるとコレステロール値とか全部高くて、医者に「余命0年」と何度か言われていました。でも、「この前、そう言われてからもう何年も生きてるわ」と思って、信用していませんでした。だから、何も治療していませんでした。甘くみていましたね。

 原因は肥満です。身長177センチで、倒れる前は135キロ。子供の頃から体が大きくて、スカウトされて相撲部屋に入門したぐらいで、人生のピークは198キロでした。食べるのが好きなんです。脂っこいものが好きやし、肉を1食2〜3キロ食べていました。外食は食べ放題店ばっかりでした。

■食事は今も1日1500キロカロリー

 退院する時、体重はすでに30キロほど落ちていましたけど、食事療法を教えてもらい、食事は今も1日1500キロカロリーに抑えるようにしています。退院後、故郷の和歌山で療養し、5カ月後の12月に仕事復帰してからも和歌山を拠点にしているので、両親、兄貴と一緒に暮らしていますけど、食事は自分で準備しています。

 朝は塩分控えめのハムをのせた5枚切り食パン1枚とブラックコーヒー。昼と夜は、生野菜をいっぱい食べてから、肉180グラムと野菜を、薄めの焼き肉のたれで炒めて丼にして食べます。あと、スーパーで塩分やカロリーが書かれているお総菜を買ってきたり。ご飯は150グラム、ちゃんと量っていますよ。

 仕事の入っていない時は毎食後2時間、1日合計6時間、街を歩いてます。最初は無理せず10分、15分から始め、徐々に延ばしました。続けるのが大事だと思うんで、おしゃれなカフェを探したり、空き家を発見するのを楽しみながらのんびり歩いています。

 体重計には毎日乗っていて、今は103キロ。一番落ちた時は93キロやったから、今は15時以降は食べずダイエットしています。血液検査の数値や血圧はほぼ正常値になり、退院時から打っていたインスリン注射も必要なくなりました。体が軽くて動きやすく、駅の改札を横向きじゃなく、まっすぐ前向きのまま通れてうれしいです。8Lだった服が3L〜4Lになっておしゃれを楽しめるし、話しやすくなって、しゃべるのも楽しくなりました(笑い)。

 食べるのは今も好きなんで、めちゃめちゃガマンしてますよ。仕事でカロリーが高いものを食べることがあるので、それをご褒美と思ってがんばっています。趣味のバイクや釣りに没頭して食べることを考えないようにもしています。ただ、一度死にかけたから、意識は変わりました。両親より先に死ぬとか、泣かせるようなことは二度としたらあかんと強く思っています。

 痩せてモテるようになった? いや、“デブ専”の女性が寄ってきてくれなくなりました(笑い)。でも、せっかく命拾いしたので結婚して子供を持つのは夢ですね。両親に孫を見せてあげたいです。(聞き手=中野裕子)

▽HIRO 1977年、和歌山市生まれ。本名・広瀬康幸。中学卒業後、力士、漁師、トラック運転手などを経て、2001年「安田大サーカス」結成。お笑い番組やバラエティー番組など多数出演し活躍中。 

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