堤真一が売れっ子になっても決して忘れない無口な父の教え

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 「(父と比べると)高倉健さんなんてしゃべりすぎ(笑い)」(堤真一/TBS「サワコの朝」6月15日放送)

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 堤真一(54)の父親は、生活していて声を聞くことがほとんどないくらい無口だったという。そのため、何を考えているかわからず、高校時代は反発の対象だった。そんな父は、堤が19歳の時、末期がんだと診断される。折しも、ジャパンアクションクラブ(JAC)の養成所に合格し上京を控えていたときだった。

 ともに死期を悟った中、上京前日に最後のお見舞いに行くと、10分もしないうちに帰るよう促され、一言「元気でな」と言われたという。そんな父を「不器用で無口」の代名詞となっている男と比べ、笑わせた一言が今週の言葉だ。

 JACの先輩である真田広之の付き人になった堤は、舞台「天守物語」で黒子として獅子の中に入った。その時、坂東玉三郎に見いだされ、舞台「ロミオとジュリエット」ではスケジュールの都合で稽古に出られない真田の代役として参加。その際、玉三郎から代役にもかかわらず、一番多く指導された。

 本番に出るプレッシャーもなく、玉三郎の演技論を学べたのは宝物のような体験だった。冒頭の番組によると、その時、「この世界に関わっていこう」とハッキリと決意したという。

 舞台を中心に活動していた堤は30代に差し掛かった頃、2000年のドラマ「やまとなでしこ」(フジテレビ)に出演する。いわゆる“月9”だ。けれど、最初は嫌だったという。

「生意気なんですけど、トレンディードラマとか言われてた時代なんで、テレビをやるつもりは一切なかったんですよね。いわゆる連続ドラマっていう的なものは。要は人気者たちが出ているテレビの世界には関わりたくないと」(NHK・Eテレ「SWITCHインタビュー 達人達」19年6月15日)

 しかし、寝る間を惜しんで懸命にドラマを作っているスタッフたちの姿を見て、物づくりということに関しては、舞台もテレビも変わらないということを実感。連ドラに対する偏見はなくなった。その後、堤はドラマ・映画には欠かせない俳優に成長し、数多くの作品に出演している。

 父に反発していた高校時代、堤は「あんたみたいなサラリーマンになりたくないんじゃ」と言ってしまったことがあると冒頭の番組で明かしている。その時、無口な父が一言こう返した。

「サラリーマンの苦しみがわからんやつは何をやっても一緒や」

 それを聞いて堤は「負けた」と思った。だからこそ、堤は売れっ子になった今でも自分の基盤である舞台に年に1~2本は出演し続けているのだろう。それが彼の地に足がついた確かな演技につながっているのだ。  

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